威廉波特,我們回來了!

────龜山小英雄重振少棒魂
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2012 / 9月

文‧林欣靜 圖‧莊坤儒


重振少棒魂、重返威廉波特的榮耀,今年夏天又再實現!

繼2009年奪得世界少棒錦標賽亞軍後,由桃園縣龜山國小所組成的中華少棒代表隊,8月中旬再度叩關威廉波特。雖然比賽結果差強人意,但這支兩度打入威廉波特的團隊,已為台灣寫下近年難得一見的棒球傳奇!


盛夏7月天來到位處半山腰的桃園縣龜山棒球場,總會看到一群身著藍衣白褲,帽子上繡著醒目的CT(Chinese Taipei)字樣的小朋友,揮汗如雨地重覆著投球、打擊、傳接球與跑壘等看似枯燥的動作。

棒球隊是免費安親班

累嗎?辛苦嗎?每當旁觀的大人關心詢問,這群宛如「烏骨雞」般黝黑結實的孩子,總會搖搖頭,回報予你一個靦腆的微笑。

若再追問:「有沒有信心拿冠軍?」害羞的眼神馬上轉為堅毅:「當然有!」甚至還會有人主動搶上前說:「我會在美國幫哥哥報仇!」

這支球隊,就是兩度打入美國威廉波特世界少棒錦標賽,並曾取得近年最佳戰績的桃園龜山國小少棒隊。

鄰近多個工業區的桃園縣龜山鄉,因工作機會較多,原本即為阿美族、布農族等都市原住民的聚居地。離鄉打拚的父母,工作繁忙,孩子放學後常乏人照顧,只能在街上遊蕩。

為了讓下課後無處可去的孩子有事可做,龜山少棒的創團教練、時任該校體育老師的陳正博,找來了曾訓練出江柏青、林柏佑、耿伯軒等知名球員的省立體專(現為國立台灣體育運動大學)學弟李政達,一同在2002年成立了龜山國小少棒隊。

笑稱棒球隊是「免費安親班」的陳正博說,原住民孩子的體格健壯,愛好運動,家長也不像平地人的父母處處保護,比較吃得了苦;有些孩子的課業表現雖不理想,但打球能幫助他們找回自信心和成就感!

篳路藍縷的紅土夢

不過,要在毫無棒球歷史,資源又有限的龜山國小辦棒球隊並非易事。首先,學校根本沒有像樣的操場,更遑論標準的棒球場!小球員只能擠在籃球場和簡陋的地下室打擊場練球。滑壘時磨破褲子、接球時撞到籃框,都是見怪不怪的家常便飯。

此外,水泥地上的土法鍊鋼,也無法完全取代標準棒球場的紅土、草坪,因為兩者的場內環境、土地的摩擦係數大不相同,不但球的彈跳角度與高度會受影響,甚至連球員的跑壘速度及視線(籃球場上有參考座標,比空曠的棒球場易接球),都會出現明顯差異。

為了模擬實際戰場的球感,異想天開的陳正博與李政達,在學校的大禮堂鋪設了帆布與塑膠布,上面灑滿沙子並潑水,好讓小球員們練習跑壘及滑壘。

他們更成為全台灣最愛找其他學校打「友誼賽」的球隊,只因唯有打友誼賽時,小球員才能腳踏實地站上真正的棒球場。

深知孩子們對紅土地的渴望,陳正博也以「蒐集紅土」做為激勵球員的策略,只要帶隊出外比賽,無論勝負、比賽規模大小,他一定想辦法帶一把球場的紅土回家,其後再用玻璃瓶分裝收藏,贏球時是最佳紀念,輸球時則能提醒自己再接再勵。

2009年,龜山少棒背負著國人的期許,進軍久違13年的威廉波特世界少棒冠軍賽,最後卻以3:6引恨敗給美西隊,小國手們個個哭到傷心欲絕,卻仍不忘在賽後挖一把投手丘的紅土帶回家,作為誓言重返威廉波特「報仇」的信物,畫面傳回台灣,讓電視機前的球迷為之揪心不已。

小球員志氣高

令人欣慰的是,當年龜山少棒雖未捧回冠軍,但他們的紅土夢,卻因奮戰不懈的出色表現而得以實現。不但鄉公所特別將鄉內廢棄的垃圾掩埋場整修成棒球場,體委會也撥款補助學校,將籃球場改建為內野棒球場。

「這完全是孩子們用苦練的汗水爭取得來的禮物!」龜山少棒總教練李政達語帶驕傲地說。

回想從默默無聞到名揚海外的十年軌跡,龜山少棒早在成軍之初,即胸懷大志地訂出「1年後拿到全縣冠軍、3年內取得全國前3名、5年後贏得全國冠軍、7年後成為國家代表隊」的遠大目標。看似不可能的任務,則由一群又一群吃苦耐操、志氣又高的小球員接棒完成。

創下奇蹟的關鍵之一,是紮實的基礎動作訓練。有興趣打棒球的孩子,通常在國小三、四年級時就會加入球隊,從此包括下課後、星期六日與寒暑假,都得待在球隊內苦練,他們有著與眾不同的童年歲月。

剛開始接觸棒球的孩子,宛如一張白紙,必須先從投球、接球、打擊的分解動作練起。如投球前須先熟悉抬腳、抬手、轉身、甩臂等動作,並練習如何將身體重心集中在下盤,投球時才能丟得快又遠,也不易疲憊。

打擊姿勢亦然,必須先練習轉腰、揮棒,學會用球棒代替眼睛「跟球」的技巧,才能慢慢找到如何正中球心的「眉角」。

李政達說,孩子們的資質不一,快的人在一兩周內就可以找到球感,慢的人則須經過長時間苦練,才能喚起身體的協調性和爆發力。

基礎訓練告一階段後,接著則是視小球員的個人所長布局。通常在三、四年級時,球員會同時嘗試三、四個防守位置,等到五、六年級時再慢慢固定下來。

打棒球的下棋哲學

「棒球的布局就像是下棋,若把球員擺在合適的位置,進步空間和成就感會比較大。」李政達舉例,腳程快,對高飛球的空間感佳的球員,適合守外野;若球員的速度慢,但擋球與應付滾地球的能力特別強,就是捕手或一壘手的最佳人選。

至於球賽中的靈魂人物──投手,通常是耳聰目明、手長腳長、身體協調性極佳的「天生好手」;若又具備球速快、控球能力佳,面臨危機也能處變不驚,就有機會成為讓對方球隊聞之喪膽的王牌投手。

龜山少棒的主力左投陳俊孝就是如此。出身阿美族的他,有著一雙深邃大眼和爽朗迷人的笑容,是眾多學妹追逐的焦點,舅舅陳智弘則是兄弟象隊的王牌捕手,打棒球已成為家族傳統。

李政達指出,擅長直球、曲球的陳俊孝,雖然不如2009年出征威廉波特的主力投手宋文華高大(當時宋文華已超過170公分,陳俊孝目前僅約160公分),卻擁有左投、控球佳、尾勁夠強等優秀投手的特質,球速也可超過110公里;更重要的是,個性沈穩的他「心臟夠大顆」,即使比數落後,也能穩住心情投球,他曾擔任多場國內大賽冠軍戰的主投,戰功彪炳。「俊孝將是我們出戰威廉波特的秘密伏兵!」

中華隊的秘密伏兵

令人好奇的是,王牌投手向來為各國強隊私下注意的焦點,為何會被總教練形容成伏兵?

原來今年4月,陳俊孝在家中玩球時不慎摔斷左手,為了怕打代表賽的夢碎,他不敢告訴父母,直至隔天上學時痛得受不了,手也腫了起來才通知老師。

「我們一看簡直傻眼,不知道他怎麼能忍這麼久?」陳正博立刻帶著陳俊孝,前往多家醫院就診,為他的「黃金左手」包上石膏,還與其他義務教練接力燉煮「田雞燉白殼」等有助筋骨復原的中藥補品,希望他能早日傷癒。

兩、三個星期後,眼看全國代表賽即將開打,教練團陷入天人交戰,因為若不讓陳俊孝出賽,根據威廉波特的規定,就算龜山少棒日後取得亞太區的代表權,比賽紀錄曾中斷的他,也無法成為代表隊的一員。

陳正博說,萬一無法出賽,不僅球隊的戰力會大打折扣,對準備已久且自我期待甚深的陳俊孝來說,更是遺憾!

教練團最後決定拜託醫生提前鋸掉陳俊孝的石膏,好讓他能出賽。上場時則採取刻意被三振或保送的策略,以保護他的左手。

棒球是團隊運動,主力左投受傷,固然是一大憾事,卻也是其他有潛力的投手冒出頭的機會。例如,在今年世界少棒賽亞太區錦標賽獲頒「MVP」最有價值球員獎的先發右投李承風,對戰關島隊時,就曾寫下完投6局、飆出14K(三振14人次)的輝煌紀錄。

眼看著陳俊孝逐漸傷癒,其他投手亦有傑出表現,原本提心吊膽的教練團也暫時放下心來。

「亞太區的比賽,陳俊孝僅在最後出戰香港時投了1.2局,其他球隊極難研究他的球路,我們計畫安排他出戰實力堅強的日本隊,」李政達說。

打斷手骨顛倒勇

除了「打斷手骨顛倒勇」的陳俊孝,隊長林凱鈞也是被教練形容為「中了棒球毒」的代表。

從小患有氣喘的他,父母一度反對他打棒球。但他看著哥哥林浩瑜2009年出戰威廉波特的英姿也心生嚮往,屢次向父母爭取,最後才以「會好好照顧身體」、「每科都會在90分以上」等交換條件,如願在4年級下學期時加入球隊。

由於起步較晚,林凱鈞比誰都認真,他特別要求教練,加強基礎動作與熱身訓練,試圖克服過去在冬天常喘不過氣的宿疾。或許是因運動強身,最近兩年,林凱鈞的氣喘已極少發作。手長腳長,跑步又極具速度感的他,表現也越來越好;今年5月,更在謝國城盃全國少棒錦標賽(決定亞太區台灣代表權的資格賽),一舉拿下打擊、打點、全壘打獎的三冠王,這次他被編為第一號打擊者,將是中華隊搶攻先機的前鋒。

綽號「小紅帽」的內野手曾信豪和哥哥曾信翰(亦為2009年出戰威廉波特的成員),則曾因長期不寫功課,雙雙遭到退隊處分。但後來陳正博在街上偶遇這對沒棒球打的兄弟,失魂落魄地捧著便當遊蕩,還是忍不住為他們向總教練李政達說情。

好不容易重回球隊,兄弟倆終於認真寫起功課。提及這段往事,曾信豪只是報以靦腆的微笑。

「為了打棒球,再怎麼討厭功課,都得跟它拚了!」隊友紛紛打趣說。

堅強的支援後盾

走過沒有棒球場練習的日子,龜山少棒一路走來,都有不少隱身幕後的貴人默默支援。

「我們全隊都是華歌爾內褲的愛用者!」陳正博促狹地笑說。原來華歌爾董事長陳國鎮,就是龜山國小的校友,每逢球隊阮囊羞澀、湊不出錢去參加比賽時,只要找上他,一定二話不說地出錢贊助。

陳國鎮還曾因看到這群小學弟身著原住民的傳統服飾、排練賽後的餘興節目時,露出花色不一的內褲,慨然捐贈球隊數十打華歌爾的男用內褲,好讓球員走光時也能「整齊劃一」。

龜山鄉前鄉長呂學記,以及新北市教育局退休科員羅華齡,更是龜山少棒的超級粉絲,不但屢次自掏腰包陪他們征戰海外,賽前一個月,更想盡辦法請客吃牛排、燉煮他們最愛吃的咖哩飯,只希望小球員的身高、體重能多增加一些,更有信心面對「大砲」型的歐美球員。

「他們真的很棒,很認真,我相信他們未來一定有機會幫學長圓夢,」談及2009年的輸球遺憾,仍忍不住紅了眼眶的羅華齡感性地說。

少棒是台灣棒球運動中最純粹的角落,沒有角頭勢力的介入,也無利益計算、勾心鬥角的爾虞我詐,只有發自內心熱愛棒球的初衷。使盡全力,迎戰每一場如雷如電、酣暢對決的比賽,這群龜山小英雄已為自己、也為台灣,寫下棒球傳奇的新頁!

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ウィリアムズポートの栄光を再び――桃園県亀山小学校野球部

文・林欣静 写真・荘坤儒

少年野球魂復活、ウィリアムズポートに返り咲く栄光が、この夏再現された。2009年リトルリーグ・ワールドシリーズでの準優勝に続き、桃園県亀山小学校による中華代表少年野球チームが、8月中旬再びウィリアムズポートに乗り込んだ。結果は理想どおりではなかったものの、2度ウィリアムズポートまで進んだチームは、台湾の近年に得がたい野球伝説を創り出した。


夏真っ盛りの7月に山の中腹にある桃園県亀山野球場へ来れば、青シャツに白ズボン、帽子のCT (Chinese Taipei)の刺繍が目立つ子供たちが、汗だくになって投球、打撃、送球、走塁と、単調そうな動作を繰り返している。

野球チームは無料の学童保育

疲れた?キツイ?大人が気遣うたびに、浅黒く引き締まった子供は首を横にふり、はにかんだ微笑を返してくれる。「優勝できる?」と問うと、照れは気迫に換わる。「もちろん!」とわざわざ言いに来る子もいる「アメリカで兄さんの仇を討つからね!」

アメリカ・ウィリアムズポートで行われるリトルリーグ・ワールドシリーズへ2度乗り込み、近年最高の成績を収めた桃園亀山小学校野球部である。近隣に多数の工業地帯が控え、桃園県亀山郷は雇用機会の多さから、アミ族、ブヌン族といった原住民族が集中する。故郷を離れて働く親は忙しく、放課後面倒を見る人のいない子供が街をうろつく。

放課後行き場のない子供のために、亀山少年野球部の創設コーチで、当時同校で体育教諭を務めていた陳正博が、台湾省立体育専科学校(現国立体育運動大学)の後輩・李政達に声をかけ、2002年に亀山小少年野球部を結成した。李政達はかつて江柏青、林柏佑、耿伯軒といった有名選手を育てている。

野球部は「タダの学童保育」と笑う陳正博は、原住民の子供は体格に恵まれ、運動を好み、保護者も漢民族のように過保護でなく、辛抱強いという。勉強の成績がよくない子でも、野球が自信と達成感を取り戻す力になっている。

土への遠い道のり

だが、野球の歴史がなく、リソースも限られる亀山小が野球部を作ることは容易ではない。学校にはそれらしいグラウンドもなく、標準野球場などあり得ない。子供たちは狭いバスケットコートや粗末な地下室のバッティング場で練習した。スライディングすればズボンが破れ、ボールを捕ればバスケットボードに当ったが、それがいつものことだった。

また、コンクリートの地面での練習は、標準野球場の土や芝生の代わりにはならない。環境も摩擦係数も大きく違い、ボールがバウンドする角度と高さに影響する。また、選手の走塁速度と視線(ラインが引かれたバスケットコートは、広い野球場より捕球しやすい)にも、明らかな差ができる。

実戦環境の感触を真似るために、陳正博と李政達はなんと、学校の講堂に帆布とビニルシートを敷き詰め、上に砂を敷いて水を撒き、走塁とスライディングが練習できるようにした。そして、台湾で最も「交流試合」をしたがるチームになった。交流試合でなければ、本物の野球場に立てないからだった。

子供たちの土への渇望を知っていたから「土集め」でモチベーションを上げる。試合に行ったら勝敗や規模に関らず、必ず球場の土を手に入れ、ガラス瓶に詰め分けてコレクションした。勝てば記念になり、負けた時には自分に檄を飛ばした。

2009年、亀山小は国民の期待を背負って、13年ぶりのウィリアムズポート・リトルリーグ・ワールドシリーズ決勝に進出したが、3対6で惜しくもアメリカ西部チームに破れ、小さな代表選手たちは涙にくれた。それでも忘れずマウンドの土を一掴み持ち帰り、「リベンジ」を誓った。映像が台湾に伝わると、テレビの前でファンは心を痛めた。

士気は高い

うれしいことに、亀山小は優勝こそ逃したが、あきらめを知らない戦いぶりによって土への夢が実現した。郷役場が廃棄物埋設場の跡地を整備して野球場にしてくれたのである。行政院体育委員会も学校に助成金を出し、バスケットコートを内野野球場に改造した。「子供たちが汗で勝ち取ったギフトです」と亀山小監督・李政達は自慢げに言う。

名もなき頃から海外に名を馳せるまでの十年の軌跡を振り返ると、亀山野球部は成立当初、大志を抱いて大きな目標を掲げたのだった。「1年後に県優勝、3年以内に全国3位以内、5年後には全国優勝、7年後には国代表チームに」不可能と思われたミッションを、辛い練習に耐え、士気の高い選手たちが代々引き継ぎ達成していった。

奇跡を生み出すカギは、着実な基本トレーニングにある。興味がある子供は小3、4で入部する。それからは放課後も土日も夏休みも冬休みも、苦しい練習を続け、普通とは違う子供時代を過ごす。初めて野球に触れる子供は白紙と同じで、投球、捕球、打撃の分解動作から練習する。投球前には足を上げ、手を引き、体を回転させ、腕を振るといった動作を身につける。そして重心を下半身に集中する練習をすることで、速く遠く、疲れにくく投球できるようになる。打撃の姿勢も、まず腰の回転、バットの振りを練習して、バットが目に代わって「ボールについていく」テクニックを身につけて、やっと徐々にボールの芯を捉えるコツをつかんでいく。

李政達は、子供たちの素質は均一ではなく、早ければ1~2週もすればボール勘が分かるが、遅い子は長期間練習を積まなければ、体の協調性と爆発力を呼び覚ませないという。基本練習が一段落すると、今度は選手個人の長所を活かしてポジショニングする。通常3、4年生の間に守備位置を三、四ヶ所試し、5、6年生でポジションが決まっていく。

野球のポジショニングは囲碁の哲学

「野球のポジショニングは布石のようなもので、選手を適切な場所に置けば、上達の余地と達成感が大きくなります」李政達は例を挙げる。足が速く、フライ球の空間感覚がいい選手は外野手に向く。スピードは遅くても、捕球とゴロの対応能力が優れた選手は、捕手や一塁手に最適だという。

ゲームの核心となる投手は、頭脳明晰、手足が長く、体の協調性が特に優れた「天性の使い手」である。そのうえ球速が速く、コントロールもでき、危ない場面でも慌てず処理できるなら、相手チームに恐れられるエース投手になる。

亀山野球部の主力サウスポー・陳俊孝がそうだ。アミ族出身の彼は彫の深い大きな目と爽やかで魅力的な笑顔の持ち主で、後輩の女の子たちが憧れる。叔父の陳智弘は兄弟エレファンツのエース投手で、野球は家族の伝統になっている。李政達によると、ストレートとカーブが得意な陳俊孝は、2009年ウィリアムズポート遠征の主力投手・宋文華ほど身長はないが(当時宋は170cmを超えていたが、陳俊孝は現在約160cm)、左投げ、制球力、ボールの伸びなど優秀な投手の特質を備え、球速も110km/hを超える。更に「心臓が強」く、点差をつけられても冷静に投球できる。数々の国内大会の決勝戦で先発を務め、華々しい成績を収めてきた。「俊孝はウィリアムズポート遠征のダークホースです」

代表チームのダークホース

主力投手が、なぜダークホースなのか。

実は今年4月、陳俊孝は家でボールで遊んでいて左手を折ったのである。大会で投げられないことを恐れ両親にも言わず、翌日学校に行く時になって痛くて堪らず、手も腫れてやっと先生に知らせた。 「呆れましたね。これほど我慢するとは」陳正博は陳俊孝を連れて病院を巡った。「黄金の左手」を石膏で固め、ボランティアコーチとリレーで「カエルの麹煮」等、筋骨修復作用のある漢方の栄養食を作り、快復を願った。

2~3週間後には全国代表大会が始まる。コーチ陣は悩んだ。陳俊孝に出場させなかった場合、ウィリアムズポートの規定で、アジア太平洋の代表権を取得しても競技記録が中断していれば代表チームの一員になれない。万一出場できなければ、チームの戦力は大幅に低下するばかりか、長い間準備して自身も期待していた陳俊孝にとっても残念である。コーチ陣は結局、石膏を前倒しではずすよう医者に頼んだ。出場時にはわざと三振を取られたり、フォアボールで塁に出る等の作戦で、左手をかばった。

野球はチームスポーツだから、主力サウスポーのケガは確かに一大事だが、他の投手が頭角を現す機会でもある。例えば今年リトルリーグ・ワールドシリーズ・アジア太平洋選手権でMVPを獲得した先発右投手・李承風は、対グアム戦で6イニング完投、14三振という輝かしい記録をたたき出した。

陳俊孝が徐々に回復に向かい、他の投手も素晴らしい成績を収め、どうなることかと心配したコーチ陣もひとまず安心した。「アジア太平洋選手権では、陳俊孝は最後に香港戦で1.2イニング出ただけですから、彼のコースの研究は難しいでしょう。彼は強豪の日本戦で出すつもりです」李政達は言う。

七転び八起き

起死回生の陳俊孝のほか、キャプテンの林凱鈞もコーチに「野球中毒」の代表と言われている。

幼い頃から喘息の彼は、両親に一度は野球を反対される。だが兄の林浩瑜が2009年にウィリアムズポートで見せた勇姿に憧れ、両親に頼み込んでついに「体に気をつける」「教科は全部90点以上」を交換条件に、4年生後期にチーム入りした。

スタートが遅い分、林凱鈞は誰よりも真剣だった。コーチに基本動作とウォームアップの強化を願い、冬に息苦しくなる持病の克服を試みた。鍛えたせいかこの2年喘息の発作はほとんどない。手足が長くスピード感がある彼は、どんどん伸びた。今年5月には、謝国城盃全国少年野球選手権(アジア太平洋地域台湾代表権大会)で、打撃、打点、ホームランの三冠王となった。今回は1番打者に編成され、中華代表チームの先鋒として先制攻撃を狙う。

ニックネーム「赤ずきんちゃん」の内野手・曾信豪と兄の曾信翰(2009年ウィリアムズポート遠征のメンバー)は、長い間宿題をしなかったため2人とも退部処分になった。だが後に陳正博が、兄弟がうらぶれて弁当を提げて遊び歩いているのに会い、放っておけずに監督の李政達を説得したのだった。

やっとチームに戻れて、兄弟はきちんと宿題をするようになった。その話をすると、曾信豪は恥ずかしそうな笑顔を返した。「野球のためなら、宿題だってやっつけなきゃ」チームメイトが冷やかす。

力強い後ろ盾

野球場のない日々から、亀山野球部の道のりには、陰で支える恩人がいた。

「うちは全員、ワコールパンツの愛用者」陳正博がいたずらっぽく笑う。ワコール董事長の陳国鎮は亀山小の卒業生で、資金が足りない時には、彼を訪ねれば一も二もなく援助してくれた。陳国鎮は、子供たちが原住民の民族衣装を着て余興プログラムを練習していたときに、色柄がバラバラのパンツが見えたため、下着が見えても「整然と揃う」ようにとワコールの男性用パンツを10ダース寄付した。

亀山郷元郷長・呂学記と元・新北市教育局職員の羅華齢は亀山少年野球部の大ファンで、毎回自腹で海外遠征に付き添う。試合一ヶ月前には、ステーキをご馳走したり子供たちの好きなカレーを作ったりする。身長が伸びて体重が増え、「大砲」型の欧米選手に立ち向かう自信をつけてほしいと願う。「きっと先輩たちの夢をかなえてくれます」2009年の敗戦の話になると目が潤む羅華齢はしみじみ語る。

少年野球は台湾の野球界で最も純粋な領域である。暴力団の介入も、利益の打算も、騙し合いもない。あるのは心の内から湧き出る野球への愛だけである。全力を尽くし、一つひとつの激しく爽快な対決を迎え、亀山の小さな英雄たちが、自らと台湾のために野球の伝説に新たな一ページを記していく。

Kuei-Shan Elementary Returns to Williamsport Little League World Series

Lin Hsin-ching /photos courtesy of Chuang Kung-ju /tr. by David Smith

Hopes for little league baseball glory were reignited in Taiwan this summer!

Three years after the Kuei-Shan Elementary School (KSES) baseball team took second place at the Little League World Series in South Williamsport, Pennsylvania, the school once again won a berth to represent Taiwan in Williamsport. Though the final result was not quite what the players had been dreaming of, the team nevertheless had an outstanding year, achieving what has proved elusive for teams from Taiwan in recent years.


Anyone who stopped by this past July, as this reporter did, at the hillside baseball diamond in Tao­yuan County where KSES plays its games would have found a group of boys—clad in blue and white uniforms with the eye-catching initials “CT” (for “Chinese Taipei”) emblazoned on their caps—training hard on their skills in pitching, hitting, throwing, fielding, and base running.

Keeping them off the streets

Whenever an adult asked the kids whether all the practice was wearing them out, the brown-as-a-berry youngsters would just answer with a shake of the head and a bashful smile.

An adult further inquired: “Do you think you have a chance at the championship?” This is when the shy expressions turned to a look of fierce resolve: “Of course we do!” Another athlete went a step further: “I’m going to avenge my brother’s defeat in America!”

This was the second team from Kuei-Shan Elementary to win a berth in the Little League World Series.

Jobs are relatively plentiful in Tao­yuan County’s Gui­shan Township, which is located near several industrial zones. As a result, the area is home to a large concentration of indigenous people from the Amis, Bu­nun, and other tribes. The parents who’ve left their hometowns to come here for work are often unable to juggle schedules to be with their children after school. Left to their own resources, the children play outdoors.

The need of such kids for something to do prompted Chen Cheng-bo to found the KSES little-league baseball team back in 2002, when he was working as a physical education instructor at the school. To help get the team established, he brought in Lee Cheng-ta, a fellow graduate of the Taiwan Provincial College of Physical Education (now National Taiwan University of Physical Education and Sport). Lee by that time had already achieved big success as a coach, having mentored such well-known stars as Chiang Po-ching, Lin Po-yu, and Keng Po-hsuan.

It didn’t come easy

But the school had never had a baseball team, and resources were limited. The task ahead was daunting. For starters, the school didn’t even have much of a playground, much less a regulation baseball diamond. The players had to practice on a crowded basketball court, or use the batting cage in the school’s dumpy basement. Practicing base slides, they ripped up their trousers. Darting to and fro to catch balls, they frequently ran smack into the basketball standards.

In order to simulate the feel of an actual baseball diamond, Chen and Lee came up with the quirky idea of laying out tarp and plastic sheeting in the school’s auditorium, covering it with sand, and sprinkling water over it. The athletes then used it to practice base running and slides.

KSES may have arranged more friendly competitions than any other school in all of Taiwan. Why? Because that was the only way the players could get to play on a real baseball diamond.

Aware of how badly his players wanted to play on infield clay of their own, Chen took to scooping up a fistful after playing at an opponent’s diamond. Win or lose, and no matter how important the game, he did it every time. It was his way of bolstering team spirit. He stored the clay from each game in a separate glass jar. For each win, the jar marked a happy memory. For each loss, it served as a reminder that there was more work to be done.

In 2009, the hopes of a nation rested on KSES as the first little-league team from Taiwan to reach the Williams­port finals in 13 years. The team ended up losing the championship game 6:3 to a team from Chula Vista, California. The boys cried their eyes out as they grabbed a fistful of clay from the pitching mound to take back home, where it would serve as a symbol of their determination to return to Williamsport and avenge the loss. Fans watching on TV in Taiwan were deeply struck by the poignancy of the moment.

Fighting spirit

While they fell short of the championship, KSES did turn in an outstanding performance. The Guishan Township Office built a baseball diamond atop a reclaimed landfill site, and the central government’s Sports Affairs Council appropriated funds to help the school to convert basketball courts into a baseball infield.

Head coach Lee exclaimed with pride: “The boys earned all these things through hard work!”

The ability of the KSES team to go from start-up to world fame in just 10 years is truly a remarkable achievement. When the team was first formed, they set out a series of goals to “win the county championship within one year, finish in the top three nationally within three, take a national championship within five, and represent Taiwan abroad within seven.” The plan may have seemed quite unrealistic, but successive teams brought it to fruition with hard work and a never-say-die attitude.

One key to their big feat was rigorous grounding in the fundamentals. Kids interested in playing baseball generally join the team in third or fourth grade. From that time on, their after-school hours and weekends are spent in hard training.

A child just getting into baseball for the first time is like a blank sheet of paper, and must start by learning the basic skills of throwing, catching, and hitting. To throw, for example, the aspiring athlete must learn that before the ball ever leaves the hand, one must first raise the lead foot, cock the throwing arm, and pivot the body before uncoiling into the release. And one must also learn to keep one’s center of gravity in the lower body in order to throw the ball fast and far without getting overly tired.

Learning to hit is a similar process. The first thing is to practice pivoting at the waist and swinging the bat. And developing hand-eye coordination is necessary so that where the eye leads, the bat will follow. That’s what it takes to hit the ball squarely in the middle.

Coach as chess master

Once the players have progressed to a certain point in the fundamentals, it’s time to see where individual strengths lie and assign positions accordingly.

Coach Lee gave an analogy: “Assigning positions is like playing chess. If you put a player in the right place, he’s more likely to make continued progress and feel good about himself.” For example, said Lee, a fast runner with a knack for gauging the distance on a fly ball will make a good outfielder, while kids who run slowly but are especially good at blocking wild pitches or catching ground balls would be perfect choices for catcher and first baseman.

The key position of pitcher, in the meantime, is generally filled by naturally talented athletes who are quick-minded, rangy, and exceptionally well coordinated. If, on top of that, such a person can throw fast with good control, and keep calm under pressure, he may well be just the pitching ace that strikes fear into the hearts of opposing batters.

A good case in point is the team’s southpaw ace Chen Chun-hsiao. A member of the Amis tribe, he has big, piercing eyes and an infectious smile. His devoted fan base includes a gaggle of admiring girls. And his uncle, Chen Chih-hung, is a star catcher for the Brother Ele­phants pro team, so baseball genes run deep in the family.

Lee noted that even though Chen, who has a mean fastball and curve, is not so big and tall as Sung Wen-hua, the main starter on the 2009 team that went to Williamsport (the latter was already over 170 centimeters tall at that time, while Chen stands only about 160 cm), he nevertheless has some important strengths: he is left-handed, throws with good control, gets a lot of late action on his pitches, and has been clocked at faster than 110 kilometers per hour. And more importantly, he’s tough under pressure. Even when the team is trailing, he still keeps his cool. He’s been the starter for a number of big championship games in Taiwan, and has excelled in that role. “Chun-hsiao is going to be our secret weapon in Williamsport!”

Secret weapon

An ace pitcher always attracts close scrutiny, so why would the coach describe Chun-hsiao as a secret weapon?

As it turns out, Chun-hsiao broke his left arm this past April at home. Unwilling to lose his chance at pitching in the game to determine which team would represent Taiwan at the Little League Baseball (LLB) Asia-Pacific Region tournament, he kept the injury a secret from his parents, and only spoke up to a teacher the next day when the pain and swelling became unbearable.

“We couldn’t believe our eyes. How could he possibly have withstood the pain so long?” Coach Chen took Chun-hsiao immediately to the hospital to get his “golden left arm” set in a cast. Two or three weeks later, with the LLB Asia-Pacific Region qualifier game approaching, the coaches were in a quandary about whether to put Chun-hsiao into the lineup. Under the rules at Williamsport, even if KSES were to take the Little League Asia-Pacific Region championship, the boy wouldn’t be allowed to suit up in the Little League World Series if he hadn’t played for the team throughout its march to Williamsport.

The coaches decided to have Chun-hsiao’s cast removed ahead of schedule so he could get into a game. To protect his left arm when he came up to the plate, he simply never lifted the bat from his shoulders.

However, baseball is a team sport. Losing a star left-handed pitcher is unfortunate, to be sure, but it gives other talented pitchers a chance to shine. A good case in point is Lee Cheng-feng, the right-handed starting pitcher who was named the Most Valuable Player of this year’s Little League Asia-Pacific Region championship. He chalked up 14 strikeouts in a six-inning complete game outing against the team from Guam.

With Chun-hsiao on the mend and other pitchers stepping forward with strong performances, the coaching staff breathed a sigh of relief.

“During the Asia-Pacific Region tournament, Chun-hsiao only pitched 1.2 innings against Hong Kong, so other teams had little chance to study him,” said coach Lee, adding: “We’re planning to play him against the very strong Japan club.”

The tough get going

In addition to the “unsinkable” Chun-hsiao, another notable KSES athlete is team captain Lin Kai-chun, whom the coaches describe as “incurably addicted to baseball.”

Afflicted with asthma from a very young age, he had originally been forbidden by his parents from playing baseball. But after seeing his brother Lin Hao-yu play in Williamsport in 2009, he was smitten with the sport and began begging his parents to let him play. They finally gave conditional consent, extracting promises that he would “be careful about his health” and “score at least 90% in every subject at school.” He joined the team in the second semester of fourth grade.

Having gotten off to a late start, Kai-chun practiced harder than anyone. He asked the coaches to provide him with intensive training in the fundamentals, and to help him work out a warm-up routine to overcome the effects of asthma. Perhaps due to the physical conditioning resulting from athletic activity, Kai-chun has had very few asthma attacks in the last two years. The long-limbed boy is a lightning-fast runner, and just keeps playing better all the time. This past May he won the triple crown in batting (best batting average, most runs batted in, and most home runs) in the qualifying tournament for the LLB Asia-Pacific Region tournament, and he was subsequently placed at the top of the batting order.

Meanwhile, infielder Tseng Hsin-hao and his older brother Tseng Hsin-han (a member of the 2009 Williamsport team) had been kicked off the team for regularly failing to do their homework, but when coach Chen ran across them later on the street with hang-dog expressions on their faces, he couldn’t bear the sight, and asked head coach Lee to let them back on the team.

Given a second chance at baseball, the brothers finally buckled down on their homework. When their expulsion and readmission were mentioned, Hsin-hao grinned with embarrassment.

A teammate joked: “He wants to play baseball so bad, he’s gotta hit the books no matter how much he hates doing it!”

Boosters help out

Having once been entirely without any baseball field at all, the KSES ball team has received many an unpublicized boost over the years from nameless benefactors.

Quipped coach Chen: “Everyone on the team is a satisfied user of ­Wacoal undershorts!” He was referring to the fact that K.C. Chen, the chairman of the undergarment maker ­Wacoal, is an alumnus of KSES, and has stepped in generously whenever asked for a donation to help the cash-strapped baseball team take part in a game.

K.C. Chen once happened to be on hand when the team members donned indigenous garb to rehearse for a post-game traditional dance, and he noticed, when they kicked up their legs, that peeking out from under the indigenous skirts were undershorts of all different descriptions. That would never do! He generously donated hundreds of pairs so that the witnesses to any “wardrobe malfunction” would at least see a uniform set of undershorts.

The KSES team has a couple of superfans in Lü ­Xueji (a former mayor of Gui­shan Township) and Luo Hua­ling (a retired former employee of the New Tai­pei City Education Department). The two have made numerous donations to fund the team’s overseas expeditions. During the month before the team left for Williamsport this year, they treated all the players to a steak dinner one evening, and on another day fixed them their favorite curry-and-rice meal, all in hopes they’d grow just that much bigger and stronger before heading into battle against the strapping athletes from the West.

“They really are fantastic. They’re dead earnest about what they’re up to. I do believe they have a chance to achieve the unfinished dream of those who played on the 2009 team.” At the mention of the loss three years ago, Luo teared up with emotion.

In little league, you find Taiwan baseball at its unadulterated best. Here, you find no odds makers, no money riding on the outcome, and no infighting or backstabbing. It’s all about pure love of the sport. Kids go out and give their all, because that’s how the game is played. For themselves, and for Taiwan, this collection of heroes from Kuei-Shan Elementary has written another page in the remarkable history of Taiwan little league baseball!

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